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原悦生のプロレス格闘技写真の記憶

ド近眼の不沈艦スタン・ハンセン

ド近眼の不沈艦スタン・ハンセン

昔、スタン・ハンセンは「牛乳瓶の底のような」眼鏡をかけていた。

 

どのくらい見えなかったか、というと眼鏡なしで、人の顔を確認できるのが50~60センチの距離だった。

 

ある日、蔵前国技館の控室で相撲の四股を踏むような態勢のハンセンがいた。こちらは低い体勢で、カメラを構えた。

ハンセンがそのままどんどん近づいていた。

 

もうファインダーには顔しか入らなくなったとき、ハンセンは笑った。

「なんだ、おまえか」

それまでは誰がいるのかもカメラを向けられていることもわからなかったのかもしれない。シャッター音は聞こえていたとは思うけれど。

 

そのくらいハンセンはド近眼だ。

 

新日本時代のハンセンのウェスタン・ラリアットはカメラマン泣かせだった。

それは、唐突に飛び出して、1発で相手をKOしたからだ。

えっ、これで終わりというくらいあっけなく試合は終わった。

1980年2月の東京体育館で、アントニオ猪木場外KOした時もそうだった。

 

得意気に巻いたNWF世界ヘビー級のベルトは逆さまだった。

ハンセンがそれに気づくはずもない。

 

当時のハンセンはがむしゃらそのものだった。

 

このコーナーは毎週土曜日の更新です。

 

コンテンツパートナー紹介

原悦生

16歳からプロレスを撮り始める。スポニチの写真記者を経て、1986年からフリーランス。アントニオ猪木とイラク、キューバ、北朝鮮など世界中を旅した。サッカーではUEFAチャンピオンズリーグの常連で、ワールドカップは8回取材している。プロレスの著書には「猪木の夢」「INOKI」「Battle of 21st」などがある。国際スポーツ記者協会(AIPS)会員。 FootballWorldで食べまくり!

 

ブログ:FootballWorldで食べまくり!

 

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