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北中正和の納得!ベスト・ヒット講座

安室奈美恵、引退。ジャパニーズR&Bの女王 進化の歴史をたどる【講義No.12】

25周年を走り切り、2018年9月16日に引退します。昨年発売されたオールタイム・ベストアルバム『Finally』は売上200万枚を突破。ファイナルツアーはソロアーティスト史上最多となる約80万人を動員し、ツアーを収録したDVD&Blu-rayの売上は129万枚を越えて音楽映像作品で初めてミリオンを記録するなど、まさに人気の絶頂で有終の美を飾ります。

YouTube 出典:AmuroNamiech

本日の曲:安室奈美恵 - CAN YOU CELEBRATE?

1997年2月にリリースされた小室哲哉プロデュース期の作品。女性ソロアーティストのシングル歴代1位となる229.6万枚を売り上げた、彼女の最大のヒット曲です(この音源は2014年のBEST AL「Ballada」ver.)。結婚式の定番曲であり、97年と98年の紅白歌合戦では二年連続で歌ったので、ご存知の方も多いのでは?

25周年を走り切り、キャリアの絶頂で幕を下ろす

安室奈美恵さんが2018年9月16日に引退します。北中さんは実は安室ファンとお聞きしたんですが?

 (もしかして、年甲斐もなくということですかにゃ……) えーと、むにゃむにゃ……音楽に国境や貴賤はなく、年の差もないということで。

 

安室さんの音楽は洋楽ファンにもけっこう聞かれているという噂を耳にしたので、それを確認したかったんです。
確かに洋楽との関わりの深いヒット曲がありますね。特に21世紀に入ってからのいくつかの曲は。
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安室奈美恵 「namie amuro 25th ANNIVERSARY LIVE in OKINAWA」ライブステージで。

Photo: Avex Group

デビュー時はユーロビートを歌って踊るアイドル

そのあたりのことは意外に知られてませんね?

そうかもしれません。彼女がデビューしたのは1992年で、そのときはSUPER MONKEY'Sというポップなダンス・ユニットのメイン・ヴォーカリストでした。彼女たちを育てた沖縄アクターズスクールからは、その後、SPEEDやDA PUMPなども続いて出て、スクール自体も注目されましたね。

 

彼女は当時からソロで発表した曲もありますが、それも含めて、基本、ユーロビート調のダンス・ポップ路線の音楽でした。

 

ユーロビートといえば、わかりやすいディスコの代名詞のようなダンス・ミュージックですね?

そうですね。以前にもふれましたが、コアな洋楽ファンはわかりやすいディスコを敬遠する傾向があります。いい歳をしてディスコでもあるまい、と言いながら、二次会のカラオケで「フィーバー」するオヤジーな課長がいたりするんですが。

 

マイクよこせ、早く!、とか言う人もいますね。。

荻野目洋子の「ダンシング・ヒーロー」以来、歌謡曲ではユーロビート的なダンス・ポップの伝統がありますね。SUPER MONKEY'Sは当時の最新ヴァージョンとして登場したのだと思います。しかし彼女たちは別の次元に歩みはじめました。

 

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安室奈美恵 「namie amuro 25th ANNIVERSARY LIVE in OKINAWA」ライブステージで。

Photo: Avex Group

社会現象となった小室哲哉プロデュース期の安室ちゃん

といいますと?

SUPER MONKEY'Sはデビュー2年後にダンス・ミュージックに強いavexに移籍します。そして細胞が成長して分裂するように、安室奈美恵とMAXに分かれて活動するようになりました。avexに移籍して発表した「TRY ME~私を信じて~」もユーロビートのカヴァーでしたが、その後プロデューサーの小室哲哉と出会って路線修正します。

 

どんなふうに変わったんでしょうか?

小室哲哉は、アマチュア時代にプログレッシヴ・ロックやジャズに傾倒していたこともある人です。80年代にソングライターとして渡辺美里や松田聖子の曲を作り(渡辺に提供した「My Revolution」が有名)、自身のグループ、TMネットワークでも成功していました。

 

そして90年代に入ってから自分のスタジオを作り、仕事の軸足をプロデュース・ワークに移しました。その時期に出会った歌手が安室奈美恵だったわけです。

 

プログレ好きなプロデューサーとユーロビートの組み合わせというのは意外ですね。

そうですね。彼はもともとマニア好みの音楽をどうやって幅広い層に届けられるのかに興味を持っていた人なので、やりがいがあると思ったんじゃないでしょうか。

 

「Don’t wanna cry」など彼が作った安室さんのヒット曲をじっくり聞けばわかりますが、メロディや転調はプログレ的に複雑で、歌詞もメッセージ色が強い。それをリズムに乗せてユーロビートとは全くちがうダンス・ポップを作り出したわけです。かなり難易度の高い音楽ですが、彼女にはそれを表現できる才能と技術がありました。

安室奈美恵 - Don’t wanna cry

YouTube 出典:AmuroNamiech

アイドルからシンガー、そしてR&B色の強いアーティストへ

2000年代以降、また路線が少し変わってきた気がしますが?

イメージの変化は、ヒップホップ人脈とのSuite Chicのプロジェクトを経たあたりからはっきり前に出てきました。音楽の細部の決定にどこまで関わっているのか、ぼくは知らないのですが、彼女はプロデュース・ワークにも加わりはじめます。

 

ポップスの世界は3年もすると流れが変わってしまうのですが、彼女はダンス・アイドルからシンガーへ、シンガーからR&B色のあるアーティストへと、変身し続けることで成功してきました。

具体的にはどんな曲を聞くと、その変化がわかりやすいですか?

たとえば2003年のヒット曲「Put 'Em Up」はダラス・オースティンの曲です。彼はボーイズⅡメン、TLC、マドンナなどの人気アーティストに関わってきたプロデューサーで、この曲は日本語の歌以外、完全に洋楽仕様です。

 

ときどきそういう曲に取り組むことで、さらにR&B的な路線へと舵を切ってきたわけです。そのころから日本のプロデューサーの曲もR&Bを意識したものが増えました。

安室奈美恵 - Put 'Em Up

YouTube 出典:AmuroNamiech

キャリアを通じていろんなチャレンジを続けてきました

2010年代に入ってからは、それとはまたちょっと変わってEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)のアーティスト、Zeddの曲も歌っています。EDMはユーロビートが21世紀にアップグレードしたようなダンス・ポップです。

 

テレビの音楽番組が減ってからは、CMで見る程度だったのですが、いろんなチャレンジを続けていたんですね。

2008年に出たシングル「60s 70s 80s」も洋楽ファンに話題を呼びました。60年代のスプリームスの「BABY LOVE」、70年代のアレサ・フランクリンの「ROCK STEDDY」、80年代のアイリーン・キャラの「WHAT A FEELING」をそれぞれサンプリングしたり、編曲したりした3曲が入っています。

 

「BABY LOVE」をサンプリングした「NEW LOOK」のビデオは、ヘアメイクの世界的なブランド<ヴィダルサスーン>とコラボした映像が、60年代ヨーロピアン・ポップというか、まるでゴージャス版渋谷系みたいです。ごらんになるとおもしろいんじゃないでしょうか?

安室奈美恵 - NEW LOOK

YouTube 出典:AmuroNamiech

次回予告

9月18日はジミ・ヘンドリックスの命日。1970年のこの日に亡くなってもう48年(!)がたちますが、ジミヘンの愛称とともに、超個性的なギター・サウンドと独特な歌声は今も音楽ファンの心をつかんで離しません。次回は黒人初のギター・ヒーローとなった、彼の魅力に迫ります。9/22(土)19時公開です。

登場人物

北中さん
音楽大学でポピュラー音楽史の講義も担当する音楽ジャーナリスト。このコーナーでは懐かしのヒット曲に関する店番の疑問をわかりやすく解説します。
店番
ゴル横の音楽コーナー担当。音楽に関する素朴な疑問を北中さんに質問していきます。このコーナーについては予告編をご覧ください。

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