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So-net グラビア特集

2019年1月29日

あの頃の出版社はやっぱりスゴかった!熱血編集者・西坂さんのモーレツエピソード(ゴル横アーカイブ[2])

GORO編集部で、激写担当として活躍されていた小学館の西坂さんと知り合うことが出来た我々ゴル横一行。もちろん、聞きたいお話の中心は、あの頃の我々をムズムズさせたグラビアで、GOROの看板コンテンツである「激写」の話……。

ではあるのだけれど、あの日本中が勢いに乗っていたバブル期の出版社の最前線で活躍されていた方である。飛び出す話がまーーーっなんでも面白い。
そこで、今回はそんな西坂さんの貴重な体験を少しだけご紹介しようと思う!まさに昭和のモーレツサラリーマン的なエピソードを、ぜひお楽しみあれw

はじめてのお仕事は…………パンツ一丁?w

これこれ!と楽しそうに指差す西坂さん。表情とは裏腹にハードな仕事が待ち構えていたようだ

天下の大写真家・篠山紀信大先生と一緒に「激写」を作り上げてきた西坂さんだが、当然のことながら、はじめから激写担当だったわけではない。激写はGOROの看板企画。そこに至るまでには様々な試練を乗り越える必要があったのである。

というわけで、もちろん西坂さんにも下積み時代があるわけで、そんな時分の貴重な話もしてくれた。ノリにノッている人気雑誌の新人の仕事っていったいどんな仕事なのだろうか……、と我々が膨らませていた期待は、ある意味とんでもない方向で裏切られることになるw

西坂:
GOROに仮配属になった最初の日にさ、そのときの先輩に『お前、今日はパンツきれいか?』って聞かれたんだよw

えっ……パンツ? パンツってなに?

西坂さんによると、このあと、体を張ったお仕事が待っていたとか……(詳細は差し控えさせていただきますw)。

このように、当時の新入社員は記事作成のために突撃要員として使われることがあるらしく、出版社に入るような高学歴であろうと、問答無用でカラダを張った”パンツ”的な扱いをされていたらしい。さすがは男のための雑誌、そして昭和! やることが飛び抜けているぜw

そんなこんなでその後もいろいろとパンツ的な仕事をこなしたという西坂さん。例えば、かの有名な伝説のテレビ番組「風雲!た◯し城」に、ゴキブリのコスプレで、『GOROのゴキブリマン』として出演したり。確かに身体張ってますわw

そんなデタラメで過酷な仕事でも、西坂さんが言うにはいちおう意味があるのだそうだ。曰く、断ることも許されない軍隊式の訓練で、こうしたパンツ的な仕事をさせることで、自分の立場を自覚させる読者に面白いことを届けることこそ編集者の役割大学生のつまらないプライドをへし折るというわけだ。

それでこそ、いろいろ学べるものだよね……、とは言ったものの、今やったら確実にパワハラ、セクハラ……ハラスメントが大渋滞を引き起こす勢いで大問題になるんだろうなぁ。

ていうか企画自体がアウトになりそう……。でもこのハチャメチャさこそが、昭和の勢いの源であったような気もする。

先輩の愛ゆえの厳しい指導の日々…

そんな過酷な新入社員時代が終わっても、そこはそれ。勢いが絶頂の出版社である。当然、即座に甘い汁を吸えるわけもなく、新人時代とはまた違った過酷な環境に身を置くことになるというのである。

西坂さん曰く、当時、小学館一、優秀で厳しいと言われていたという鬼デスクの元での修行時代である。その厳しいデスクから課されたのは、地獄の企画千本ノック! 企画を毎日10本提出するというノルマが課された他、週末になると大学ノートをポンと渡され、週明けに埋めてこいという課題もあったのだとか((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

や、やばい、24時間働けますかな人じゃねーか……。そんなこんなで寝ても覚めても企画漬けの日々に突入し、会社の資料室でひたすらネタを探す日々。

しかしそれだけの課題を出すだけあって、その鬼デスクはありとあらゆる雑誌に目を通しているというツワモノで、生半可な企画を出そうものなら返り討ちにあってしまうのだとか。

しまいには資料室なんかにはネタはないと、外でネタを探すように命じられ、ほとんど会社にいない日々を過ごすことになったそうだ。あまりの厳しさに、ヘトヘトになって会社に帰って、鬼デスクが吸っていたパイプの香りがすると、胃がヒリヒリするという拒絶反応が出る始末。

西坂:
下につく前から鬼デスクが厳しいっていうのは有名でさ、2時間くらいなら平気で説教するんだよw
その間、頭を下げているもんだから、そのせいかわからないけれど、会社の中には、かつての部下で首が傾いているような人もいたよwww

た、たしかに2時間同じ角度で固まってたら、そうなっちゃうかも…(;´∀`)

西坂:
実際、あんまり腹が立ったから鬼デスクを闇討ちしようかって思ったんだけど、先輩から『やめとけ、有段者だぞ』って言われたんだよね

企画も返り討ちで、闇討ちしても返り討ちですか、そうですか……。まさに鬼ですな。でも西坂さんいわく、しっかり愛もあって、提出した企画は全て細かく目を通し、赤字が自分の書いた量の3倍は入っていたんだとか! 編集者養成添削講座のようである。確かに愛はあるけど、ずいぶんと重苦しい愛だw

そんな鬼デスクのもと、西坂さんは次第に企画力を身に着けていき、初めて紙面を飾った「風雲マヌカン城の鮭弁戦争」を皮切りに、様々な企画を実現していくのであった(「夜霧のハウスマヌカン」って曲、覚えてる?w)。

中にはナンノこと南野陽子の密着取材や、現・ケラリーノ・サンドロヴィッチが所属した「有頂天」の取材などもあった。そんな企画を見るたびに我々からは歓声が上がるのであった。だって今も人気で、当時人気絶頂だった彼らが次々現れるんだよ? もうたまんないって!( ̄‥ ̄)=3

そして、様々な企画の中でも西坂さんを代表する企画がある。それが「分度器マン」であるw この企画は、当時大流行だったハイレグ水着の角度を測るというもので、頭に分度器を付けた分度器マンがビーチに繰り出し、お姉さまの股間に頭をセットして角度を測り、ハイレグの定義付けを行うというものである!

ちなみに、紙面は紹介できないので、またしてもイラストでその様子を紹介しようw

あー、このノリは確実に昭和ですわw ていうかこの企画、やってみたーい!www

ちなみに、ホントに大好評だったようで、西坂さんが雑誌を移っても「あの企画をやってほしい」と言われたんだとか。西坂=分度器マン!……すごいな、それ(;´∀`)

その他にも、呑み会もハチャメチャだったようで、会社が近い雑誌Pの編集部とは呑みの席で鉢合わせてケンカになったり、飲み比べや脱ぎ比べになったりしたエピソードや、社内で企画の方向性でぶつかり殴り合ったり……。

かと思えば、西坂さんが企画させられた合コンで、編集長が知人のオンナ友だちをガチ口説きしたりした話など、とんでもエピソードが次から次へと飛び出してきた。バブル期前後の日本にあって、当時全盛期と言えるほど力を持っていた出版業界……、さすがのエピソードである。

今では問題になってしまうようなこともたくさんあるけれど、その自由でアグレッシブな環境こそが、当時の面白い雑誌の企画を生み出していたんだろうなぁ。最近はコンプライアンスが厳しくて、あんまり飛び抜けたことやるところが少ないから、なんだか懐かしい気持ちになってしまったぜ( ´―`)フゥー...

次回は、いよいよ本題である「激写」担当時代の㊙エピソードをお届けする予定なので、お楽しみに!

お知らせ

そんな昭和グラビアの魂を受け継ぐ、今回お話を聞かせていただいた西坂さんが現在編集長をされているグラビアサイトが『sabra net』。

今月は「なんたってアイドル80's」と称して、人気アイドルのRaMuちゃんが昭和グラビアを再現しています。これは是非、見てみよう!

関連情報

篠崎愛(左)/橋本マナミ(右)

sabra net(So-net グラビア)

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