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明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業

[No.19/世界遺産登録:2015年07月/文化遺産]

ウワサの軍艦島や大河ドラマに登場した松下村塾もそのひとつです

日本の造船、製鉄・製鋼、石炭産業は幕末の1850年頃から西洋の技術を導入し、明治時代末期の1910年頃にかけて急速に発展しました。西洋の技術を真似て試行錯誤しながら洋式の船や大砲を作り、専門知識を取得し、その技術を自分たちのものにし、やがて日本国内でも人材が育ち、わずか50年あまりで産業化を成功させました。まさしく“革命的”な明治日本の発展の軌跡を辿る世界遺産です。8つの県に点在しています。


萩(山口県萩市)周辺の史跡

松下村塾

幕末に長州藩萩城下の松本村(現在の山口県萩市)にあった私塾。長州藩士であった吉田松陰が約3年間、指導した塾生から、高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋など幕末~明治維新期の日本の産業化・近代化を主導した人材を多く輩出したことで知られています。なお、塾の建物は松陰神社の境内にありますが、室内の見学はできません。


JR東萩駅から車で約5分、徒歩約20分

萩城下町

幕末から明治維新にかけて、日本の近代国家形成を主導した長州藩の拠点です。江戸時代初頭の1604年に毛利氏の城として萩城が建てられ、その麓に城下町が形成されました。世界遺産としての登録地域は萩城跡、萩城城下町、堀内地区から成ります。


JR東萩駅から車で約5分

萩反射炉

1856年に操業開始した実験用の反射炉です。当時、長州藩では海防強化のために鉄製の大砲の製造が必要だったため、鉄の精錬に使われました。


JR東萩駅から車で約3分

恵美須ヶ鼻えびすがはな造船所跡

1856年に完成し、長州藩が大型の洋式軍艦を製造した造船所の跡地です。


JR西日本東萩駅から車で約5分

大板山たたら製鉄遺跡

江戸時代中期から後期に操業し、日本で古来から用いられた、たたら製鉄の技術を使って洋式軍艦の製造に欠かせない鉄を作りました。


JR東萩駅から車で約30分

鹿児島(鹿児島県鹿児島市)周辺の史跡

集成館(しゅうせいかん)

欧米に対抗するため、薩摩藩主・島津斉彬が幕末の1851年に作らせた工場群。製鉄・造船・紡績など幅広い分野での産業育成を図りました。薩摩焼の技術を使って耐火煉瓦の製造などを行った反射炉の跡や、金属加工や船舶の修理、部品加工を行った機械工場、イギリス人技術者の宿舎として建てられた紡績所技師館の建物が残っています。


JR鹿児島中央駅より車で約20分

寺山炭窯跡(てらやますみがまあと)

島津斉彬により1858年に建設された木炭製造用の石積み窯の跡。集成館で使う燃料を補うために作られました。


JR鹿児島中央駅より車で約45分

関吉の疎水溝(せきよしのそすいこう)

鹿児島県鹿児島市にある用水路。集成館での動力源である水車を動かすため、1852年に築かれました。


JR鹿児島中央駅より車で約30分

韮山(静岡県伊豆の国市)周辺の史跡

韮山反射炉

江戸幕府直営で建てられた鉄製大砲鋳造のための炉で、1857年に完成しました。日本に現存する反射炉の二基のうちの一つです。


伊豆箱根鉄道駿豆線伊豆長岡駅から車で約5分、徒歩で約20分

釜石(岩手県釜石市)周辺の史跡

橋野鉄鉱山

鉄鉱石を使った製鉄の高炉の跡地。1858年、鉄鉱石から鋼を連続的に製錬することに日本で初めて成功しました。


釜石駅より車で約50分

佐賀(佐賀県佐賀市)周辺の史跡

三重津海軍所跡

佐賀藩海軍の訓練場・造船所の跡地。1858年に海軍の訓練場となり、後に造船や修理を行う設備を増築しました。1865年には日本初の実用蒸気船「凌風丸」を建造しました。


JR佐賀駅バスセンターより佐賀市営バス早津江線にて40分「佐野常民記念館入口」バス停下車、徒歩約5分

西鉄電車柳川駅より西鉄バス沖新線にて30分終点「早津江」バス停下車、徒歩約5分

長崎(長崎県長崎市)周辺の史跡

三菱長崎造船所

旧木型場

長崎造船所の現存する最も古い建物で1898年に建てられました。現在は長崎造船所の資料館となっており、見学可能です。

大人(高校生以上)800円、小・中学生400円、未就学児無料。
毎月第2土曜、12/29~1/4、電気設備点検日は休館。

長崎駅前より史料館専用シャトルバスを運行(事前予約性 史料館095-828-4234にて受付)。駅より約20分+見学時間約50分。

小菅修船場跡

日本で初めて蒸気機関を用いた洋式のドック(※注) で、実業家の五代友厚やトーマス・グラバーらの手により1869年に完成しました。明治政府が買収した後、1884年に三菱所有となり、現在の三菱重工業長崎造船所の礎となりました。

第三船渠

1905年に建てられた大型ドック(※注) で、全長222.2m・建造能力3万トンと当時は東洋最大の規模を誇りました(その後、全長276.6m・9万5千トンに増強)。現在も三菱重工業長崎造船所のドックとして稼働中です(見学は不可)。

※注:ドック=船の建造、修理、係船(船をつなぎとめること)、貨物の積み込みや荷下ろし作業などのための施設。船渠(せんきょ)とも呼びます。

ジャイアント・カンチレバークレーン

電動で貨物を吊り上げる大型クレーンで1909年に日本で初めて設置されました。イギリスのアップルビー社製で吊上げ能力は150トン。なんと今でも現役で稼働中です(見学は不可)。

占勝閣

1904年に造船所構内の丘の上に建てられた木造洋館。当時の長崎造船所所長の邸宅として建設されたましたが結果的には迎賓館となり、今でも使われ続けています。見学は不可。


端島(はしま)炭坑(軍艦島)

最近、注目を集める長崎県の端島(通称・軍艦島)は、長崎港から南西約18km離れた、南北480m、東西160m、面積約6.5haの島。6回の埋め立て工事により島全体が堤防で覆われた現在の形になりました。海底炭鉱の石炭採掘のための島で、最盛期の1960年ごろには5,000人以上が生活しており、当時の人口密度は約83,600人/km2と世界一で東京特別区の約9倍だったとか。1974年に閉山され、立ち入り禁止となりました。


現在では船会社が運行している軍艦島クルーズツアーに参加して上陸し、島南部に整備された見学用通路を見学できます。大正15年に建てられた日本最古の7階建て鉄筋コンクリートの高層アパートや鉱員の社宅、小学校など、多くの人々が生活していた痕跡を見ることができます。


船会社が運行している軍艦島クルーズツアーを利用。料金は大人3600円程度(船会社により異なる)。

高島炭坑

長崎市から南西の海上約15kmにある高島を中心とする海底炭鉱。明治時代に三菱財閥が経営権を取得した後に本格的に採掘が開始され、1986年の閉山までの約100年間、石炭を供給しました。


長崎港大波止ターミナルから高速船で約34分、もしくは高島港から高速船で約12分 高島港ターミナル下船。高島港から各炭鉱跡へは徒歩5~7分。

旧グラバー住宅

幕末期は伊藤博文をはじめ数多くの若者の海外留学を仲立ちし、明治維新後は小菅修船場や高島炭鉱を経営したスコットランド出身の実業家、トーマス・グラバーの旧邸宅です。母屋は1863年に建てられ、洋風の邸宅でありながら日本瓦や土壁が使われるなど、イギリスのコロニアル様式と日本の伝統技術が融合した造りになっています。


長崎電気軌道「大浦天主堂下」電停下車 徒歩8分、もしくは「石橋」電停下車 徒歩8分(グラバースカイロードより入園)

三池(福岡県大牟田市・熊本県荒尾市・熊本県宇城市)周辺の史跡

三池炭鉱・三池港

江戸時代から採掘が行われてきた炭鉱で、1889年に三井財閥が経営を引継ぎました。後に財閥の総裁となる團琢磨が経営を担い、石炭を積みだす三池港の築港や、石炭を運ぶ三池鉄道を開設するなど、炭鉱を「三井のドル箱」に育て上げました。1997年に閉山しましたが、史跡からは当時の繁栄ぶりがうかがえます。


JR鹿児島本線・西鉄天神大牟田線大牟田駅から車で約5分(三池港)

三角西港(旧港)

オランダ人技師ローウェンホルスト・ムルデルの設計で1887年に開港しました。1899年に鉄道が開通されると、アクセスがより便利だった三角東港に物流拠点や人口が移転して急速にさびれたため、石積みの埠頭、道路、排水路、石橋などが明治期当時の状態のまま残っています。


熊本駅から車で約50分

八幡(福岡県北九州市・福岡県中間市)周辺の史跡

八幡製鐵所

1901年に官営の製鉄所として操業を開始。1904年の日露戦争開戦以降、日本では戦争終結後も鉄の需要が増えましたが、3回の高炉の改良により、ようやく多くの鉄を効率よく生産できるようになったのだとか。第二次世界大戦前には日本の鉄鋼生産量の半分以上を製造する国内随一の製鉄所でした。八幡製鐵所のうち、旧本事務所、修繕工場、旧鍛冶工場(福岡県北九州市)、遠賀川水源地ポンプ室(福岡県中間市)の4つが世界遺産の登録対象です(いづれも見学は不可)。

遠賀川水源地ポンプ室

鉄鋼生産に必要な工業用水を遠賀川上流から取水して八幡製鐵所に送水する施設です。1910年に建設され、現在も使用されてます。敷地内への立ち入りは禁止ですが、外観は見学できます。


筑豊電気鉄道「希望ヶ丘高校前駅」より徒歩約10分

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