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旅行

平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―

[No.16/世界遺産登録:2011年6月/文化遺産]

平安末期の100年にわたり奥州藤原氏が築き上げた「仏教王国」

平安時代末期、寛治元年(1087年)から源頼朝に滅ぼされる文治5年(1189年)までの約100年間、4代にわたって東北地方を統治した奥州藤原氏。その政権の中心地だったのが岩手県南西部にある平泉(ひらいずみ)です。京都で戦乱が続いたこの時代、平泉は平安京に次ぐ日本第二の都市であり、半ば独立国でした。この平泉に作られた寺院や遺跡群5点が東北地方では初の世界遺産となっています。


平泉文化のベースとなったのが浄土思想です。阿弥陀如来を信仰し、全ての人が西方極楽浄土に往生し成仏できることを願う教えで、戦乱が相次ぐ時代となった平安時代末期から人々に浸透しました。奥州藤原氏の歴代の当主もこの教えを信仰し、相次ぐ戦乱の犠牲者たちが敵味方の区分なく浄土に往生できるよう、次々と寺院を建立しました。寺の建物や庭園は極楽浄土の世界を再現しようと作られており、平泉は独自の仏教理念を体現した都市として発展しました。

平泉周辺の史跡

中尊寺(ちゅうそんじ)

初代・藤原清衡が再建した奥州藤原氏ゆかりの寺。堂の内外に金箔(きんぱく)が貼られている小型の仏堂、金色堂(こんじきどう)が有名です。この堂は清衡が自身の廟堂として建立したもので、内部の須弥壇内には清衡と子の基衡、孫の秀衡の3代の遺体(ミイラ)と4代目の泰衡の首級が安置されています。なお、泰衡の首桶から発見された種子から発芽し、1998年(平成10年)に開花した蓮の花が「中尊寺ハス」として境内に植えられています。


JR東北本線・平泉駅から徒歩25分(1.6km)

毛越寺(もうつじ)

二代・基衡が再建した寺で、1989年(平成元年)に平安様式に則って本堂が再建されました。浄土庭園は平安時代末期の遺構として、毛越寺のシンボルとなっています。また、寺の南大門跡には松尾芭蕉「夏草や兵どもが夢の跡」の句碑があります。


JR東北本線・平泉駅から徒歩9分

観自在王院跡(かんじざいおういんあと)

岩手県の平泉に二代・基衡の妻が建設した寺院の跡で毛越寺に隣接しています。現在は寺域にある平安時代末期の庭園が復元されています。


JR東北本線・平泉駅から徒歩6分

無量光院跡(むりょうこういんあと)

無量光院は三代の藤原秀衡が京都の平等院鳳凰堂を模して建立した寺院。東西約240メートル、南北約270メートル、面積約6.5ヘクタールと推定され、平等院の規模を上回るものでした。度重なる火災で焼失し、今日では土塁や礎石が残るのみです。まさに“兵どもが夢の跡”ですね。


JR東北本線・平泉駅から徒歩10分

金鶏山(きんけいざん、きんけいさん)

中尊寺と毛越寺のほぼ中間地点にある円すい状の山で、標高は98.6m。平泉の街を設計する際の基準となりました。松尾芭蕉は「奥の細道」に「三代の栄耀一睡のうちにして、大門の跡は一里こなたに有り。秀衡が跡は田野に成りて、金鶏山のみ形を残す 」と平泉文化の移ろいと山の印象を記しています。

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