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石見銀山遺跡とその文化的景観

[世界遺産登録:2007年06月/文化遺産]

登録の決め手は環境に配慮した“エコ”な生産体制

石見(いわみ)銀山は1526年に発見されてから1923年の休山まで約400年にわたって採掘されてきた日本最大の銀山です。戦国時代後期の16世紀半ばから江戸時代前期の17世紀前半にかけて最盛期をむかえ、当時の世界の約1/3の銀を産出した日本銀のかなり多くの割合が石見産のものでした。品質も高かったため東アジアでの交易でも高く信用され、銀山があった佐摩(さま)村にちなんで「ソーマ銀」の名で流通しました。


石見銀山では銀の採掘だけでなく、精錬までの一連の作業が行われました。製錬工房が山の周辺に多数集まり、高品質の銀を大量に生産することができました。今でも銀山山中には600か所以上の露頭掘り跡や間歩(まぶ)と呼ばれる坑道跡が、山の周辺には1000か所以上の製錬工房や生活の場の跡が残っており、当時、石見銀山がいかに大きな規模で銀を生産していたかがうかがえます。


石見銀山が世界遺産として評価されている理由の一つが、16世紀からすでに環境に配慮し、自然と共生した“エコ”な鉱山運営を行っていたことです。銀山を運営する際、銀を精錬するために大量の薪炭用木材が必要であるため、山を崩したり、周辺の森林を伐採して現地の自然が大幅に壊されるのが一般的でした。一方、石見銀山では銀の採掘から精錬までの作業は、すべて人力での手作業で無駄なく行われました。燃料確保のための植林がなされるなど森林が適切に管理され、環境への負荷の少ない開発・運営だったため、現地の自然が大きく破壊されることはなかったのです。


世界遺産の登録地域は銀山の鉱山跡に加え、周辺の街、鉱山から出荷した銀を港まで運んだ街道、銀を出荷した港街です。これらの史跡をたどることで銀の生産から精錬、運搬、船に載せての出荷に至る銀山運営の全体像を理解できるのではないでしょうか。

登録対象の史跡

石見銀山( いわみぎんざん )遺跡とその文化的景観


出雲空港から出雲市駅までリムジンバスで約30分

出雲市駅からJR大田市駅まで普通列車約40分

JR大田市駅下車後、石見交通バス(世界遺産センター方面)
大森代官所跡バス停まで約26分、大森バス停まで約28分、世界遺産センターバス停まで約33分

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