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旅行

原爆ドーム

[No.8/世界遺産登録:1996年12月/文化遺産]

人類史上初めて使用された核兵器の惨禍を伝える「負の世界遺産」

1915年にチェコ人の建築家ヤン・レッツェルの設計で建築され、原爆投下当時は「広島県産業奨励館」だった建物の残骸です。中には入れないため、外から見学します。
隣接する広島平和記念公園は、国立代々木競技場や東京都庁舎などを手掛けた建築家・丹下健三が設計したもの。公園内にある広島平和記念資料館や、原爆死没者慰霊碑も丹下の手によるものです。広島市を東西に貫く平和大通り(幅100m、長さ4Kmにわたる通称100メートル道路)と直交する南北軸線上に、平和記念資料館、慰霊碑と原爆ドームが配置されており、埴輪の家の屋根形にデザインした慰霊碑を拝むと、視線の先に原爆ドームが垣間見えるようになっています。この公園の設計には原爆ドームをシンボルとして際立たせる意図があったと言われています。
なお、公園南側の平和大橋・西平和大橋はアメリカ人彫刻家、イサム・ノグチが設計したものです。


2016年4月にアメリカのケリー国務長官、5月にオバマ大統領がアメリカの現職閣僚、大統領として初めて原爆ドーム、広島平和記念公園、広島平和記念資料館を訪れ、慰霊碑に献花しました。
オバマ大統領は慰霊碑前で約17分間、演説を行い
「71年前の雲一つない明るい朝、空から死が舞い降り、世界は一変した。閃光と火柱が街を破壊した。そして、人類は自らを破壊する手段を手にしたことを示した。私たちはなぜこの地、広島に来たのか。そう遠くない過去に解き放たれた残虐な力を思いをめぐらせるためだ。私たちは命を落とした10万人を超える日本の男女、子供、何千人もの韓国、朝鮮の人々、十数人の米国人捕虜を悼む。」
「いつの日か、ヒバクシャの証言の声は聞けなくなるだろう。しかし、1945年8月6日の朝の記憶を決して薄れさせてはならない。その記憶のおかげで、私たちは自己満足と戦うことができる。その記憶が私たちの道義的な想像力をたくましくしてくれる。その記憶が私たちに変化を促してくれる。」
「私の国のように核兵器の備蓄がある国は、恐怖の論理から抜け出す勇気を持ち、核兵器なき世界を追求しなければならない。私が生きているうちに、この目標を実現できないかもしれない。しかし、粘り強い努力によって破滅の可能性を低くすることはできる」
と述べました。

登録対象の史跡

原爆(げんばく)ドーム

広島平和記念資料館:大人(大学生以上)50円

JR山陽本線広島駅より広島電鉄で約15分、原爆ドーム前駅下車すぐ

山陽自動車道広島ICより約15分

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