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中田浩二引退記者会見
2014年12月07日(日)
2014年12月6日(土)J1第34節鳥栖戦後に、2014シーズン限りで現役を引退する中田浩二選手の引退記者会見が行われました。ここにそのコメント全文を掲載いたします。

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今日は来ていただきありがとうございます。自分が他のチームのユニフォームを着てプレーするって想像ができなかった時点で、今年はチームに貢献できなかったという悔しさもありましたし、言い方はおかしいですけど、引退することを決断しました。(マスコミの方にも)今まで本当にありがとうございました。

(引退を決断した経緯について)チームと11月に入ってから、いろいろ話もしました。最初は出場機会がなく、チームの方針というか、世代交代を行っているなかで、自分がいつまでも居座って邪魔をするというのがありまして、チームが本当にいい状況のなか、自分が練習だけをしているというのも本当に苦しくどうするかということを考えたときに、移籍ということも選択肢にあったのですが、そのへんを含めてずっとチームとは話し合ってきました。ミツオとかソガにも怒られたんですけど、本当は彼らに相談に乗ってもらおうと思っていたんですけど、彼らも本当に大事な時期というのもありましたし、最終的にはチームメイトには誰にも相談せずに、唯一、それをチームから聞いた小沼先生(註:小沼貞雄先生。中田選手の帝京高校時代の恩師)からいろいろな言葉をいただき、引退することを決断しました。

(印象に残っている試合、タイトルについて)本当にすばらしい時間を過ごさせていただいたと思います。1つ挙げろと言われてもなかなか難しいですね。本当に鹿島でたくさんのタイトルを獲ることができましたけど、その1つ1つの状況が違いますし、シチュエーションも違いますし、すべての優勝が本当に印象深かったので、今でも思い出すことができます。また日本代表でも、ワールドカップのベルギー戦、入場したときの興奮というものは一生忘れないと思います。どれがと言われても、本当にいい思い出ばかりで、すばらしいサッカー生活、キャリアをおくることができました。

(一番印象に残っているゴールは)そうですね…、これは鹿島じゃなく代表になってしまうのですが、アジアカップのゴール(註:2004年アジアカップ vsバーレーン代表)。あの俊輔のコーナーキックをヘディングであわせたっていうのは、たぶん初ゴールだと思いますし、ヤットが退場して、そういう状況だったので、まあ0-1で負けているなかで、自分にとっても、チームにとっても、それでアジアカップもとれたと思いますし、まあゴールと言われれば、それかなと思います。

(鹿島では)まあ、きれいとは言えないんですけど、やっぱりチャンピオンシップ(註:2000年チャンピオンシップ第2戦 vs横浜F・マリノス)でとったゴールというのは、うれしかったですし、あとナビスコの決勝(註:2000年ヤマザキナビスコカップ決勝)で川崎Fとやったときに決めた1点目というのも、きれいにボレーで決めることができたので、あれは印象的だったなと、自分のなかでもいいゴールだったなと思っています。

(アントラーズは)僕のすべてだったと思います。まあ、途中、海外移籍しましたけど、その海外移籍ができたというのも、鹿島での自分があったからだと思いますし、あれだけ日本代表でできたというのも、鹿島に加入して、すばらしい、すごい選手と一緒にプレーできたということが今の自分を作ってくれたと思います。鹿島というチームには感謝していますし、自分のすべてだと思います。

(セレモニーでは曽ヶ端選手、小笠原選手、本山選手)3人の名前を挙げましたが、79年組というくくりにされて、本当に僕らはチームの枠を超えて仲がよかったので、本当にみんなですばらしい時間を過ごせたと思うし、本当にいい友であるとは思うのですが、お互いが負けないように切磋琢磨して、築いてきた結果がこうなったのかなと思います。だから、さっき播戸も試合が終わって、4人でしゃべっていたら播戸も来てくれて、まあ泣いてくれたので、それは本当にうれしかったですし、チームは違いましたけど、1つの集団というか、そのなかでやれたなとすごく思います。当然、イナだったり、シンジだったり、高原だったり、(下部の)そういうカテゴリーでやっているというのは、本当に、僕はものすごくすばらしい、すごいことだと思います。僕は今回決断しましたけど、それだけのパワーがなかったのも1つの理由でもあると思います。やっぱり、カテゴリーを変えたりチームを変えたりすることは、なかなか難しいことで、自分の思い通りにいかないことがあると思うのですが、あえてこの歳でそこにチャレンジするのは尊敬するし、すごいなと思います。ただ、やっぱり、僕のなかでは鹿島で終わるということが1つだと思ったので、これも(小沼)先生から言われたことですが、うまくいくことも、いかないこともあるだろうけど、今ここでやめて他の選手より先にスタートをきっても、また新たな道が拓けるということを言われたので、それは本当にもっともだと思ったので、引退することにしましたし、彼らより先にいくことによって、また彼らと立場は違いますけど、彼らと競い合いながら、お互いを意識しながらやっていければいいなと思っています。

(次を担う選手について)そうですね…、今年はみんな本当に頑張ってくれたと思うし、僕らがいう言葉を素直に受け入れて、そういうなかで自分のなかで消化してやってくれていたので、これから誰がというより、みんなにアントラーズというチームの魂というか、そういうものを引き継いでいってほしいなと思います。そのなかで誰か1人と言われれば、柴崎選手が日本代表でも活躍しているし、これからのアントラーズを担う選手だと思うので、現状で満足せず、もっともっと上を目指して、やっていってほしいなと思います。彼にはそれだけの力があると思います。

(アントラーズスピリットと今後について)アントラーズ魂ですが、まあ、ジーコの教えでもあると思うのですが、結果がすべて、個人というよりもチームのために全員が働くというか、チームのために自分がやるべきことをやるということをすごく言われたし、怒られたし、そういうものをこれからも受け継いでいってほしいなと思います。やっぱり内容がよくない試合でも、勝ちきるっていうのがアントラーズだと思いますし、にくいなとか、試合巧者だなとか、そういうふうに言われていくのがアントラーズだと思うので、やっぱりタイトルを常に意識して、獲らなくてはいけないと思います。常に勝つということを意識したクラブだと思うので、これからもそういうクラブであってほしいなと思っています。

今後につきましては、セレーゾ監督からは現場でもという話は頂いたのですが、まず自分のなかで整理をつけなくてはいけないと思いますし、同期があと3人いるなかで指導者としてやるというのは、なかなか難しいと思いますので、これからチームと話してどういう方向性になるかはわかりませんが、まあいろいろ狭いなかでやってきたというのもあるので、視野を広げて、いろいろなことに関わって、自分の道というのを見つけていければいいなと思っています。

(サポーターへのメッセージは)本当にサポーターの皆さんの力は僕にとって支えでしたし、力になりました。本当に今日は急に決まったことでもあったので、来られなかった人、いろいろ声をかけてくれた人もいましたけど、本当に1人1人に感謝を伝えたいと思うのですが、なかなかそうはいかないので、本当に彼らのおかげでアントラーズができていると思うし、僕もこういう幸せなサッカー人生を送れたと思っているので、感謝しています。僕は終わりましたけど、これからのアントラーズも彼らに背負っていってもらわなくてはいけないと思うので、選手に愛情をもってやっていってほしい、応援していってほしい、ともに戦っていってほしいと思います。


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