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2017年09月07日(木)

FREAKS Vol. 264(2017/09)より〜三竿 健斗 インタビュー〜

今回、FREAKS前回号(Vol.264)からご紹介するのは、健斗選手のインタビュー!

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幼少期をカナダで過ごした。
サッカー好きの父親の影響で、物心つくころにはボールを蹴っていた。
自身の記憶にはないが、「攻める方向を間違えて、チームメートとは逆のゴールに走ったこともあった」ようだ。
「だって、この前はパパがこっちに攻めろって言っていたじゃない!」と、反論しながら。そんなほほ笑ましいエピソードを両親から聞かされたという三竿健斗。
将来を嘱望される大型ボランチのルーツに迫る。

サッカーノートのなかに
選手としての“素”がある

 高校2年生のころから毎日、サッカーノートを書き続けている。
 その日のよかったことを三つ、次の日にチャレンジしたいことを三つ。そして、チャレンジした結果、どうだったか。練習や試合のなかで見つかった自分なりの課題や気づきなどもつづっている。
 「頭の中で漠然とイメージするだけじゃなくて、ちゃんと文字にして残すほうがわかりやすい。“あれ、何をしないといけないんだっけ?”とはならないですからね。例えば? 明日は今日よりもっとボールを奪えるようにしようとか、そんな感じの内容ですね」
 小学生のときもサッカーノートを書いていた。だが、日によって書かなかったこともあるし、とりとめのない日記に近かった。今のような書き方は年代別の代表チームでお世話になった吉武博文監督(現今治FC監督)から教わった。
 「その日にあったよかったこと、うれしかったことを書くと、それだけで幸せな気分になれるし、脳がポジティブになるからって勧められました。次の日にチャレンジしたいことも書いたほうがハッキリ整理できる。サッカーノートは自分にとってすごく役立っていますね」
 同じような内容を書き続けるときもある。課題の解消は一朝一夕にいくわけではないので、むしろ重複することも少なくない。反復こそが重要でもある。
 ボランチ、もしくはCBを主戦場とする三竿健斗の持ち味は「ボールを奪い切る力」だ。サッカーノートの、そこかしこに“奪う”“取る”という文字が書き記されている。もちろん、そればかりではない。
 「人に見せるために書いているわけではないので、見られたら、正直、恥ずかしいっすね(苦笑)。サッカーノートを開いているときに誰かが部屋に入ってきたら、やっぱりドキドキしちゃいますから」
 紛れもなく、そこには選手としての“素”の三竿がいる。1日1ページが目安。B5判くらいの大きさの、分厚いノートを使っている。
 「吉武さんは自分にとって大きな存在」と、その出会いを喜ぶ。2013年にアラブ首長国連邦で行われたFIFA U―17W杯では、吉武監督率いるU―17日本代表の一員として戦った。
 「日本人の特徴を生かしたサッカーを追求していましたが、それがすごく納得できるものだったんです。世界を相手にしたとき、1対1ではなかなかかなわないので、2対1とか、常に数的優位を作って戦おう。相手が嫌がるくらい、しつこく守備にいこう、と。吉武さんはよく“共鳴”という言葉を使っていましたが、お互いに何をしたいのか、伝え合い、協調しながらプレーしようという考え方は今の自分に生かされています」

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「プロを目指すのが当たり前」
という環境

 東京Vに入ったのは小学5年の秋だった。5つ上の兄の雄斗が東京Vのユースに進んでいた関係で、「自分のこともクラブのスタッフの方が知ってくれていて、声をかけてくれたのがきっかけ」だ。
 東京Vは現在、J2に甘んじているとはいえ、これまでに数多くのプロ選手を輩出してきた。サッカーへの並々ならぬ情熱がクラブ内に充満し、育成組織に在籍する選手たる者“プロを目指すのは当たり前”という環境だ。そこで、三竿は大いにもまれた。
 「指導者からの一言、二言が“すべてプロになるため”“プロで活躍するため”という感じでしたからね」
 そのぶん、要求も高いし、視点も鋭い。
 「中2くらいのときにトップチームのコーチだった冨樫(剛一)さんから“そんな感じでプレーしていて楽しいの?”と指摘されたんです」
 さて、それはどういうことか。
 「練習試合でボランチをやっていたんですけど、後ろのほうでボールをさばくだけで、あまり前に出ていかなかったから。そしたら、“もっとボールを奪いにいったり、もっと攻撃に出ていったり、いろいろなことをやらないとおもしろくないんじゃない?”って」
 クラブOBの都並敏史氏(現サッカー解説者)からは「世界にはシャビ・アロンソとか、ケディラとか、さまざまなタイプのボランチがいる。彼らのプレーを見て、参考にしたらいいんじゃないか」とアドバイスされた。
 プロへの教示は枚挙にいとまがない。
 「当時、イタリアで活躍していた森本君(現川崎F)の話もコーチからよく聞きました。サッカーに取り組む姿勢だったり、練習前にこんなことをやりながら準備していたとか、プロとしての心構えのすばらしさを教えてもらいました。森本君がイタリアから帰国したとき、一緒にトレーニングしましたけれど、間近で見て、やっぱりすごいなと実感しましたしね」
 指導者はもとより、気づいたことを忌(き)憚(たん)なくいってくれるクラブOBがいた。手本となる先輩たちが身近にいた。草花が陽の光を浴びて、どんどん成長していくように、三竿も多方面からたくさんの刺激を受けながらプロへの階段を駆け上がった。
 「ジュニアユース時代はまだ体が細くて、身体能力でも周りの選手に負けていたので、上のチームに呼ばれることはなかった。でも、それが悔しくて、もっと頑張らないといけない。そう思いながらやっていました」
 ルーキーシーズンの15年、J2開幕戦で早くもプロデビューを果たし、リーグ戦39試合に出場した。その実績と将来性を買われ、16年にアントラーズへ移籍してきた。
 目指すは昌子源のような存在感のある守備と、ジェラード(元イングランド代表)のような強烈なシュート力。理想とするプレーヤー像の一人にチームメートの“レオ・シルバ”を挙げる。現在21歳。三竿は、まだまだ成長途上にいる。

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