| 1989.6 |
プロリーグ検討委員会が設置される。 |
| 1990.11 |
古河電気工業(株)(古河電工)と東日本旅客鉄道(株)(JR東日本)とが提携し、プロサッカーリーグ参加のための準備を始めることを発表。 |
| 1991.2 |
プロサッカーリーグ参加10クラブ発表。千葉から古河電工を母体とするクラブの参加が決定する。 |
| 1991.6 |
JR東日本および古河電工の共同出資による(株)東日本ジェイアール古河サッカークラブ(チーム名:東日本JR古河サッカークラブ)誕生。本社事務所と練習場を浦安市に設置。 |
| 1991.6 |
浦安市にサッカースクール開校(95年4月よりトップユース・ジュニアユースのみとなる)。 |
| 1991.7 |
日本プロサッカーリーグ(通称:Jリーグ)の発足を正式発表。 |
| 1991.7 |
チームニックネームの一般公募を開始。 |
| 1991.8 |
ファンクラブ発足。 |
| 1991.9 |
仙台市にサッカースクール開校。仙台事務所開設。 |
| 1991.10 |
本社事務所内にオフィシャルショップ舞浜店オープン。(JR京葉線「舞浜駅」構内) |
| 1991.11 |
チームニックネームが「ジェフユナイテッド」に決定。
(応募総数9,847通) |
| 1991.11 |
(社)日本プロサッカーリーグ設立。 |
| 1992.3 |
八戸・宇都宮市にサッカースクール開校。 |
| 1992.5 |
監督に永井良和氏が就任。以下スタッフ陣発表。 |
| 1992.5 |
ロゴタイプ、秋田犬をモチーフにしたキャラクター等
チームデザイン発表。 |
| 1992.5 |
ホームタウンが千葉県市原市に決定。 |
| 1992.9 |
(株)セガエンタープライゼスおよびぺんてる(株)が93・94年ユニフォームスポンサーに決定。 |
| 1993.4 |
市原市にサッカースクール開校。市原事務所開設。 |
| 1993.5 |
Jリーグ開幕(参加10クラブ:鹿島アントラーズ、ジェフユナイテッド市原、浦和レッドダイヤモンズ、ヴェルディ川崎、横浜マリノス、横浜フリューゲルス、清水エスパルス、名古屋グランパスエイト、ガンバ大阪、サンフレッチェ広島)。 |
| 1993.6 |
ホームスタジアム「市原臨海競技場」完成(約10,000人収容)。 |
| 1993.11 |
Jリーグ正会員に新たに2クラブ(ベルマーレ平塚、ジュビロ磐田)が加わることが決定。94年より12クラブとなる。 |
| 1994.1 |
元日本代表コーチ、清雲栄純氏が監督に就任。新コーチ陣発表。 |
| 1994.4 |
郡山・北上市にサッカースクール開校。 |
| 1994.10 |
「市原臨海競技場」メインスタンド席リニューアル(約5,000席増席)。 |
| 1994.11 |
オルデネビッツ、30得点を挙げてJリーグ得点王になる。 |
| 1994.11 |
Jリーグ正会員に新たに2クラブ(柏レイソル、セレッソ大阪)が加わることが決定。95年より14クラブとなる。 |
| 1994.12 |
JR東日本および(株) セガエンタープライゼスがユニフォームスポンサーに決定。 |
| 1995.3 |
ジェフユナイテッド市原と柏レイソルによる千葉ダービーマッチ「ちばぎんカップ」(協賛:(株)千葉銀行、ちばぎんJCBカード(株)、ちばぎんDCカード(株))第1回大会を開催。この後、毎シーズンJリーグ開幕前に同大会を実施。 |
| 1995.3 |
市原スポーツクラブ(第1種アマチュアチーム)発足。
千葉県社会人リーグ3部に参加。 |
| 1995.3 |
オフィシャルプログラム「UNITED」創刊。 |
| 1995.11 |
Jリーグ正会員に新たに2クラブ(アビスパ福岡、京都パープルサンガ)が加わることが決定。96年より16クラブとなる。 |
| 1996.1 |
奥寺康彦氏が監督に就任。新コーチ陣発表。 |
| 1996.1 |
(株)セガエンタープライゼスおよび日本テレコム(株)が96年ユニフォームスポンサーに決定。 |
| 1996.2 |
チーム名を「ジェフユナイテッド市原」に変更。これに伴い、エンブレム・ロゴタイプの一部を変更。 |
| 1996.2 |
市原市のJR五井駅前に市原インフォメーションセンター開設。 |
| 1996.4 |
ブランメル仙台(現ベガルタ仙台)の発足に伴い、仙台サッカースクールの一部を移管。 |
| 1996.5 |
市原スポーツクラブが千葉県社会人リーグ2部に昇格。 |
| 1996.11 |
Jリーグ正会員に新たに1クラブ(ヴィッセル神戸)が加わることが決定。
97年より17クラブとなる。 |
| 1997.1 |
監督に初の外国人ヤン・フェルシュライエン氏(オランダ)が就任。新コーチ陣発表。 |
| 1997.4 |
(株)東京デジタルホンおよび日本テレコム(株)が97年ユニフォームスポンサーに決定。 |
| 1997.4 |
一般公募によりチームキャラクターの「秋田犬兄弟」の愛称が「ジェフィ&ユニティ」に決定。 |
| 1997.4 |
福島フットボールクラブの発足に伴い、郡山サッカースクールを移管。 |
| 1997.5 |
市原スポーツクラブが千葉県社会人リーグ1部に昇格。 |
| 1997.7 |
オフィシャルショップが市原市(五井)に移転。これに伴い、オフィシャルショップ舞浜店をインフォメーションスペース「JEF BOX」として改装オープン。 |
| 1997.10 |
本社事務所(営業部門)が市原市(五井)に移転。これに伴い、市原インフォメーションセンターを本社事務所に統合。 |
| 1997.11 |
市原市への練習場移転計画発表。 |
| 1997.11 |
Jリーグ正会員に新たに1クラブ(コンサドーレ札幌)が加わることが決定。98年より18クラブとなる。 |
| 1998.2 |
第1回市原市ホームタウン推進懇談会を開催。構成員は、市原市内の地元企業など24団体。 |
| 1998.2 |
古河電工とJR東日本が98年ユニフォームスポンサーに決定。 |
| 1998.4 |
本社全機能が市原市に移転。これに伴い、インフォメーションスペース「JEF BOX」を閉館。 |
| 1998.6 |
FIFAワールドカップ・フランス大会開催。日本は同大会でワールドカップ本大会に初出場。ジェフユナイテッド市原からは中西永輔が代表に選出され、2試合に出場。 |
| 1998.7 |
Jリーグヤマザキナビスコカップ準優勝。 |
| 1998.10 |
古河電工不動産(株)が98年チームユニフォームスポンサーに決定。 |
| 1998.10 |
横浜フリューゲルスの横浜マリノスへの合併が決定。99年より横浜F・マリノスとしてスタートすることが発表される。 |
| 1998.11〜12 |
99年よりスタートするJリーグ2部制のため、Jリーグ97・98年リーグ戦通算成績下位5クラブ(※実際には横浜フリューゲルスの合併で4クラブに)とJFL98年リーグ戦上位2クラブ(※実際には出場資格を得たのは1クラブ)によるJリーグディビジョン1、ディビジョン2を振り分けるJ1参入決定戦を実施。(出場5クラブ:ジェフユナイテッド市原、ヴィッセル神戸、アビスパ福岡、コンサドーレ札幌、川崎フロンターレ) |
| 1999.1 |
元横浜フリューゲルス監督、ゲルト・エンゲルス氏(ドイツ)が監督に就任。新コーチ陣発表。 |
| 1999.2 |
JR東日本と古河電工が99年ユニフォームスポンサーに決定。 |
| 1999.3 |
Jリーグディビジョン1(通称:J1)、Jリーグディビジョン2(通称:J2)開幕(J1参加16クラブ:鹿島アントラーズ、浦和レッズ、ジェフユナイテッド市原、柏レイソル、ヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ1969)、横浜F・マリノス、ベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)、清水エスパルス、ジュビロ磐田、名古屋グランパスエイト、京都パープルサンガ、ガンバ大阪、セレッソ大阪、ヴィッセル神戸、サンフレッチェ広島、アビスパ福岡/J2参加10クラブ:コンサドーレ札幌、ベガルタ仙台、モンテディオ山形、大宮アルディージャ、FC東京、川崎フロンターレ、ヴァンフォーレ甲府、アルビレックス新潟、サガン鳥栖、大分トリニータ)。また、99年より1・2部の自動入替制を導入。 |
| 1999.4 |
FIFAワールドユース(U-20)選手権大会ナイジェリア'99で、日本は準優勝。ジェフユナイテッド市原からは、酒井友之が代表に選出され、7試合に出場。 |
| 1999.7 |
監督にニコラエ・ザムフィール氏(ルーマニア)が就任。 |
| 1999.9 |
ジェフの支援活動と2002年Wカップキャンプ地誘致の推進を目的とした超党派の市議会議員による市原市議会サッカー議員連盟(会長:星野伊久雄議員)が発足。 |
| 1999.11 |
J1から2クラブ(浦和レッズ、ベルマーレ平塚)の降格、J2から2クラブ(FC東京、川崎フロンターレ)の昇格が決定。また、新たに1クラブ(水戸ホーリホック)のJ2への加入が決定し、2000年よりJ2が11クラブとなる。 |
| 2000.2 |
練習場が姉崎サッカー場(市原市姉崎)に移転。これによりクラブ全機能の市原市への移転が完了。 |
| 2000.2 |
市原市姉崎にサッカースクールを開校。これに伴い、一部スクールの名称を変更。 市原スクール→辰巳台スクール、浦安スクール→舞浜スクール |
| 2000.2 |
JR東日本、古河電工およびジェイフォン東京(株)が2000年ユニフォームスポンサーに決定。 |
| 2000.8 |
元スロベニア代表監督、ズデンコ・ベルデニック氏が監督に就任。新コーチ陣発表。 |
| 2000.11 |
本社事務所および、オフィシャルショップ市原店が、練習場である姉崎サッカー場内(市原市姉崎)に移転。 |
| 2000.12 |
J1から2クラブ(京都パープルサンガ、川崎フロンターレ)の降格、J2から2クラブ(コンサドーレ札幌、浦和レッズ)の昇格が決定。また、新たに1クラブ(横浜FC)のJ2への加入が決定し、2001年よりJ2が12クラブとなる。 |
| 2001.1 |
活動地域である千葉県内(館山市)で、初のキャンプを実施。 |
| 2001.2 |
古河電工とJR東日本がユニフォームスポンサーに決定。 |
| 2001.6 |
会社創立10周年を迎える。 |
| 2001.7 |
Jリーグディビジョン1ファーストステージ2位。 |
| 2001.11 |
ジェフユナイテッド市原10周年記念写真集「ジェフユナイテッド市原 10th ANNIVERSARY BOOK」発行。 |
| 2001.11 |
J1から2クラブ(アビスパ福岡、セレッソ大阪)の降格、J2から2クラブ(京都パープルサンガ、ベガルタ仙台)の昇格が決定。 |
| 2002.1 |
元スロバキア代表監督ジョゼフ・ベングロシュ氏(スロバキア)が監督に就任。新コーチ陣発表。 |
| 2002.2 |
古河電工とJR東日本が2002年ユニフォームスポンサーに決定。 |
| 2002.4 |
オートウェーブが2002年ナビスコカップ以降のユニフォームスポンサー(胸部)に決定。 |
| 2002.10 |
第14回アジア大会(釜山)で、U-21日本代表が準優勝。ジェフユナイテッド市原からは、阿部勇樹選手が代表に選出され、5試合に出場。 |
| 2002.11 |
J1から2クラブ(サンフレッチェ広島、コンサドーレ札幌)の降格、J2から2クラブ(セレッソ大阪、大分トリニータ)の昇格が決定。 |
| 2002.12 |
第82回天皇杯ベスト4。 |
| 2003.1 |
元旧ユーゴスラビア代表監督、イビチャ・オシム氏(ボスニア・ヘルツェゴビナ)が監督に就任。 |
| 2003.2 |
2003シーズン新体制発表。 |
| 2003.2 |
オートウェーブ、古河電工、JR東日本が2003ユニホームスポンサーに決定。 |
| 2003.3 |
ホームタウンの広域化が決定。市原市と千葉市がホームタウンに。 |
| 2003.4 |
市原臨海競技場でのJリーグ通算入場者数が100万人を突破。 |
| 2003.4 |
千葉市がJR千葉駅東口広場にジェフィ&ユニティを使用した花のトピアリーを展示。 |
| 2003.5 |
Jリーグ1stステージで最終節まで優勝争いし3位に。 |
| 2003.5 |
オフィシャルプログラム「UNITED」100号発行。 |
| 2003.8 |
市原市が「市原市市制40周年記念事業 ホームタウンのあゆみ展」を開催 |
| 2003.11 |
Jリーグ2ndステージで最終節まで優勝を争い2位に。 |
| 2003.12 |
Jリーグアウォーズでオシム監督が「監督特別賞」を受賞。 |
| 2003.12 |
FIFAワールドユース選手権大会(UAE2003)開催。U-20日本代表がベスト8に。ジェフユナイテッド市原からは山岸智、岡本昌弘が選出され、山岸は2試合に出場。 |
| 2004.2 |
オートウェーブ(04-05年)、古河電工(04年)、JR東日本(04年)がユニフォームスポンサーに決定。 |
| 2004.2 |
2004新体制・新加入選手の発表と新ユニフォームデザインの発表。 |
| 2004.2 |
熊本キャンプ実施。 |
| 2004.4 |
淀川隆博社長が就任。 |
| 2004.5 |
臨海競技場バックスタンド改修工事が終了。収容人員が16,933人となる。 |
| 2004.5 |
Jリーグ理事会において、チーム名の変更が承認され、新チーム名「ジェフユナイテッド市原・千葉」が決定。 |
| 2004.7 |
プレシーズンマッチで、レアルマドリードCFと対戦。 |
| 2004.7 |
アテネオリンピック代表として阿部勇樹選手が選出される。 |
| 2004.8 |
ジェフユナイテッド市原携帯サイトが、NTTドコモのiモードでスタートした。※10月には、au、Vodafoneでもスタートする。 |
| 2004.8 |
ジェフユナイテッド市原アマチュアが、「第9回千葉県サッカー選手権大会」にて優勝し、天皇杯に初出場を決める。 |
| 2004.8 |
Jリーグオールスターに阿部・茶野・林が選ばれて出場。 |
| 2004.9 |
アマチュア天皇杯出場、1回戦敗退。 |
| 2004.9 |
初めて、女の子向けのイベント「少女フレンドリーマッチ」を開催。 |
| 2004.9 |
ユースから金東秀とアマから芳賀博信と斉藤正樹がトップチームへ昇格。 |
| 2004.9 |
AFCユース(U-20)選手権大会マレーシア2004で、日本は3位。ジェフユナイテッド市原からは水本裕貴が代表に選出され、5試合に出場。 |
| 2004.10 |
チーム名変更に伴ない、チームロゴ変更がJリーグ理事会で報告され、2月1日より使用することが決定。 |
| 2004.10 |
アマチュアが関東社会人リーグ2部で優勝し、1部昇格を決める。 |
| 2004.10 |
アマチュアが全国社会人サッカー選手権に初出場し、残念ながら1回戦で敗退。 |
| 2004.10 |
市原市とのイベントとして、「ハッピーいちはらデー」を開催。 |
| 2004.11 |
2ndステージ2位で終了。 |
| 2004.12 |
Jリーグアウォーズで阿部・櫛野・村井が優秀選手に選出される。 |
| 2005.1 |
2005新体制・新加入選手発表。新チーム旗、新ユニフォームを披露。 |
| 2005.1 |
オートウェーブ、JR東日本、古河電工が2005年ユニフォームスポンサーに決定。 |
| 2005.1 |
トルコキャンプ実施。 |
| 2005.2 |
チーム名を「ジェフユナイテッド市原・千葉」に変更。これに伴い、ロゴタイプの一部を変更。 |
| 2005.3 |
J1リーグ開幕 (1シーズン制のリーグ戦がスタート。昇格した大宮、川崎を含む18チームでタイトルを争う) |
| 2005.3 |
サミー(株)、キュービーネット(株)とオフィシャルパートナー契約を結ぶ。 |
| 2005.3 |
舞浜スクール閉校にともない、習志野スクールが新たに開校する。また、女子サッカースクールを開設。 |
| 2005.3 |
オフィシャルフリーペーパー「JEFPRESS」創刊。JR東日本の千葉県内主要駅へ設置。 |
| 2005.4 |
JFAプリンスリーグU-18 関東 2005が開幕。参加したユースは8位で終了。 |
| 2005.6 |
FIFAワールドユース選手権大会オランダ2005にジェフユナイテッド市原・千葉から水野選手、水本選手が代表に選出され出場。 |
| 2005.6 |
Jリーグヤマザキナビスコカップ予選リーグを4勝1敗1分の成績で1位通過を決める。 |
| 2005.10 |
Jリーグオールスターサッカーにオシム監督、阿部選手、巻選手、櫛野選手が選ばれて出場。阿部選手は、サポーター投票の最高得票による選出。 |
| 2005.10 |
新スタジアム「フクダ電子アリーナ」オープン オープニングゲームは、横浜Fと対戦。2-2の引分け。フクアリでの初ゴールは、前半16分阿部選手がヘディングで決める。(観客数:17,087人) |
| 2005.10 |
Jリーグヤマザキナビスコカップ 準決勝で浦和と対戦し、2試合トータル5-3で勝利。7年ぶりの決勝進出を決める。 |
| 2005.10 |
関東社会人リーグ1部のアマチュアが、9勝4敗1分 2位で終了。 |
| 2005.11 |
Jリーグヤマザキナビスコカップ優勝 決勝戦では、G大阪と死闘を繰り広げ、PK戦で下し、クラブ史上初のタイトル獲得となった。 |
| 2005.12 |
最終節まで優勝争いを演じるも4位で終了。 |
| 2005.12 |
全国地域リーグ決勝大会に出場したアマチュアが準優勝。JFL(日本フットボールリーグ)昇格を決める。 |
| 2005.12 |
Jリーグアウォーズで阿部選手・ストヤノフ選手・佐藤選手が優秀選手にノミネートされ、ベストイレブンに阿部選手、ストヤノフ選手が選出される。またオシム監督が「監督特別賞」を受賞。 |
| 2006.1 |
2006新体制・新加入選手を発表。新ユニフォームを披露する。 |
| 2006.1 |
オートウェーブ、サミー、キュービーネットが2006年のユニフォームスポンサーに決定。 |
| 2006.1 |
トルコキャンプ実施。 |
| 2006.2 |
ジェフユナイテッド市原・千葉アマチュアをジェフユナイテッド市原・千葉クラブと改名。 |
| 2006.2 |
株式会社バックスグループとオフィシャルスポンサー契約を締結。ジェフユナイテッド市原・千葉クラブのユニフォームスポンサー(胸)となる。 |
| 2006.3 |
ジェフユナイテッド市原・千葉クラブJFLに参戦。 |
| 2006.4 |
ホームタウンへの地域活動、スポーツ文化の振興などを目的に千葉大学と業務提携を結ぶ。 |
| 2006.4 |
新たなスクール活動拠点として、千葉市稲毛区に、ジェフユナイテッド市原・千葉MFP千葉校を開校。 |
| 2006.4 |
やまき歯科クリニックと、スポンサー契約を締結。ジェフユナイテッド市原・千葉クラブのユニフォームスポンサー(パンツ)となる。 |
| 2006.5 |
浦安市に、ジェフユナイテッド市原・千葉浦安スクールを開校。 |
| 2006.5 |
Jリーグヤマザキナビスコカップ予選リーグを、4勝1敗1分の成績で1位通過を決める。 |
| 2006.6 |
FIFAワールドカップ・ドイツ大会開催。ジェフユナイテッド市原・千葉からは、巻誠一郎選手が日本代表に選出され、1試合に出場。 |
| 2006.5 |
株式会社ピーチジョンと、レディーススポンサー契約を締結。ジェフユナイテッド市原・千葉レディースのユニフォームスポンサー(胸)となる。 |
| 2006.5 |
そごう千葉店との提携により、オフィシャルショップそごう千葉店がオープン。 |
| 2006.7 |
イビチャ・オシム監督が日本代表監督に就任。後任に、アマル・オシム監督が就任する。 |
| 2006.7 |
ホームタウンである千葉市を拠点とする千葉ロッテマリーンズとタイアップし、巻誠一郎選手が、始球式を行う。 |
| 2006.7 |
夏休みのホームゲーム4試合で「夏!BY ALL!」イベントを開催。絵日記コンテスト、人文字イベント、ピッチで記念写真、夏祭りなど盛りだくさんのイベントに、たくさんの家族連れのサポーターが夏休みを楽しんだ。 |
| 2006.8 |
2005カップウィナーとして、日本開催の「A3チャンピオンカップ2006」に出場。蔚山現代(3-2)、大連実徳(2-2)、ガンバ大阪(0-2)と対戦し、1勝1敗1分で3位となる。 |
| 2006.8 |
第11回千葉県サッカー選手権大会で、ジェフユナイテッド市原・千葉クラブが優勝。天皇杯本大会に出場を決める。 |
| 2006.9 |
Jリーグヤマザキナビスコカップ準決勝で、川崎と対戦し、2試合トータル5-4で勝利し、決勝進出を決める。 |
| 2006.11 |
Jリーグヤマザキナビスコカップ決勝で、鹿島と対戦。水野晃樹の先制点、阿部勇樹の追加点で2-0と快勝。大会二連覇を達成。水野晃樹がMVPに選ばれる。 |
| 2006.11 |
AFCユース選手権インド2006に出場した、U-19日本代表に青木孝太選手が選出され、4試合に出場、2得点を挙げる活躍で準優勝に貢献。日本は、2007FIFAU-20ワールドカップに出場を決める。 |
| 2006.12 |
Jリーグアウォーズで、山岸智がフェアプレー個人賞、阿部勇樹がベストイレブンに選出される。 |
| 2007.1 |
2007新体制・新加入選手を発表。ユニフォームサプライヤーはKappaとなる。 |
| 2007.1 |
トルコキャンプ実施。併せてファンツアーを募集しサポーターの皆さんとキャンプを共にする。 |
| 2007.2 |
富士電機ホールディングス(株)、サミー(株)、(株)君津住宅とオフィシャルパートナー契約を結び、ユニフォーム(胸・背中・袖)となる。(株)君津住宅とレディーススポンサー契約を結び、ユニフォームスポンサー(背中)となる。 |
| 2007.2 |
トルコキャンプ実施。 |
| 2007.3 |
やまき歯科クリニックとリザーブズスポンサー契約を結び、ユニフォームスポンサー(パンツ)となる。 |
| 2007.4 |
サポーター団体「ユナイテッド後援会」が、フクダ電子アリーナで使用する「黄色いゴールネット」を寄贈。 |
| 2007.5 |
(株)ピーチジョンとレディーススポンサー契約を結び、ユニフォームスポンサー(胸)となる。 |
| 2007.6 |
FIFA U-20 ワールドカップカナダ2007開催され日本はベスト16に進出。ジェフからは青木孝太がU-20日本代表に選出され、4試合に出場。 |
| 2007.7 |
宮城キャンプ実施。 |
| 2007.8 |
Jリーグオールスターサッカーに、巻誠一郎、水本裕貴、水野晃樹が選出され出場。 |
| 2007.9 |
地域貢献活動の一環として、介護予防事業「自分の足で歩こう」教室 をスタート。 |
| 2007.10 |
JR東日本が、フクダ電子アリーナ最寄駅からの応援の盛り上げをサポートするため、蘇我駅をジェフカラーで装飾(8月より)。駅員のユニフォームをジェフ仕様とし、発車ベルにオフィシャルサポーターソング「Over」を採用。 |
| 2007.12 |
レディースがMOCなでしこリーグ(L2)で2位となり、伊賀フットボールクラブくノ一との入替戦に出場。延長、PK戦の末、敗退しL1昇格は持ち越しに。 |
| 2007.12 |
Jリーグアウォーズで、水本裕貴が優秀選手、新居辰基が優秀新人選手に選出される。 |
| 2008.1 |
元ルワンダ代表監督で、Jリーグでも監督経験を持つヨジップ・クゼ氏が監督に就任。 |
| 2008.1 |
2008新体制を発表。 |
| 2008.2 |
富士電機ホールディングス、君津住宅とオフィシャルパートナー契約を結び、ユニフォームスポンサー(胸、袖)に。ピーチジョン、君津住宅とレディーススポンサー契約を結び、ユニフォームスポンサー(胸、パンツ)に。やまき歯科クリニックとリザーブズスポンサー契約を結びユニフォームスポンサー(パンツ)となる。 |
| 2008.2 |
トルコキャンプを実施。 |
| 2008.3 |
サミーとオフィシャルパートナー契約を結び、ユニフォームスポンサー(パンツ)となる。 |
| 2008.3 |
三井住友海上きらめき生命とレディーススポンサー契約を結び、ユニフォームスポンサー(袖)に。 |
| 2008.3 |
フクダ電子アリーナの隣接地に人工芝2面のフクダ電子スクエアが完成。 |
| 2008.4 |
三木博計社長就任。 |
| 2008.5 |
イングランドプレミアシップのリバプールFCの元ヘッドコーチ、アレックス・ミラー氏(スコットランド)が監督に就任。 |
| 2008.5 |
女子五輪代表のオリンピック壮行試合で、シンガーとしてメジャーデビューしたレディース所属石田美穂子が国歌独唱し、話題をさらった。 |
| 2008.7 |
千葉市中央区蘇我地区のフクダ電子アリーナ隣接地に新練習場、クラブハウスを建設することを決め、発表記者会見を実施。 |
| 2008.8 |
今季から、日韓のリーグ選抜の対抗戦となったオールスター戦「JOMO CUP 2008」に巻誠一郎が出場。 |
| 2008.9 |
苦しいシーズンをクラブ、サポーターが一体となって乗り切ろうと「今こそ!WIN BY ALL!キャンペーン」を発表。6種類のロゴマークを展開し、スタジアム装飾やポスターボランティア募集などを実施。多くサポーターの協力を得て、12月の最終戦まで実施。 |
| 2008.10 |
ニュージランドで開催されたFIFA U-17女子ワールドカップにレディース所属井上由惟子が日本代表として出場。4試合出場1得点。 |
| 2008.11 |
斎藤大輔がクラブ史上初となるJリーグ通算300試合出場を達成。 |
| 2008.11 |
レディースがなでしこリーグ2部最終戦を引き分け、13勝3分0敗で優勝。悲願の1部昇格を決める。 |
| 2008.11 |
なでしこリーグ表彰式が行われる。2部で優勝したレディースは、フェアプレー賞も受賞。清水由香が2部MVPに選出。 |
| 2008.12 |
17位で迎えた最終節で4‐2の大逆転勝利をおさめ15位となり劇的な残留を決める。Jリーグ上半期最下位のチームが降格しなかったのは初めて。 |
| 2009.1 |
アレックス・ミラー監督の続投が決定。 |
| 2009.2 |
2009新体制を発表。 |
| 2009.2 |
富士電機ホールディングス、君津住宅、千葉ステーションビルとオフィシャルパートナー契約を結び、ユニフォームスポンサー(胸、袖、パンツ)に。明星電気商会、やまき歯科クリニックとリザーブズスポンサー契約を結びユニフォームスポンサー(胸、袖)となる。 |
| 2009.2 |
沖縄県石垣島キャンプを実施。 |
| 2009.3 |
Jリーグ開幕より、「シーズンシート会員(ICカード)」および「ジェフユナイテッドクラブ会員(2次元コード)」のお客様を対象に、「ワンタッチパスサービス(Jリーグ全試合観戦記録システム)」を導入。 |
| 2009.3 |
新練習場建設の安全を祈願する地鎮祭を実施。鬼武健二チェアマンらが出席。 |
| 2009.4 |
ホームタウンとの結びつきの強化のため、市原市、千葉市を9つのブロックに分け2年間かけてホームタウン全域を巡回する、ホームタウンキャラバン『この街とともにジェフがある』をスタート。各区では、地域イベントに参加するほか、写真展の開催、公式戦への「市民招待」などを絡めて展開。 |
| 2009.4 |
JR東日本の「Suica」がユニフォームスポンサー(背中)に決定。 |
| 2009.5 |
新練習場上棟式を実施。 |
| 2009.6 |
リザーブズがJFL前期を4位で折り返し、JFL枠(4位以内)での天皇杯出場を決める。 |
| 2009.7 |
千葉市蘇我地区に完成する新練習場「UNITED Park」、オフィシャルショップ「12JEF」のネーミングを発表。 |
| 2009.7 |
江尻篤彦監督が就任。12年ぶりの日本人監督で、ジェフでのプレー経験を持つ最初の監督となった。 |
| 2009.8 |
宮城キャンプを実施。 |
| 2009.8 |
なでしこオールスター2009に石田美穂子、安田有希が選出され出場。 |
| 2009.9 |
UNITED Parkへの移転を前に、2000年からお世話になったフットパーク姉崎に感謝の意を表する『Thanks!! フットパーク姉崎』市原感謝祭イベントを開催。施設見学や、ジェフOBチームと市原市役所選抜、姉崎中とのフレンドリーマッチ、オフィシャルショップ姉崎店の閉店セレモニーなどを開催。1,600名もの皆さんにお集まりいただく。 |
| 2009.10 |
UNITED Parkの竣工に合わせ、よりサポーターと地域の皆さまに愛されるクラブとしての発展を目指し、法人名をチーム名・呼称と統一感のある「ジェフユナイテッド株式会社」に変更。(英語表記JEF
UNITED CORPORATION) |
| 2009.10 |
UNITED Park竣工。千葉神社での竣工式後、UNITED Parkでの竣工記念セレモニーを開催。熊谷俊人千葉市長、川淵三郎(財)日本サッカー協会名誉会長、吉田政雄古河電気工業(株)代表取締役社長、清野智東日本旅客鉄道(株)代表取締役社長、三木博計ジェフユナイテッド(株)代表取締役社長、江尻篤彦監督、ジェフィ&ユニティによりテープカットを行い、UNITED
Park、12JEFのロゴマークを発表。ピッチでは、約600名の地元小学生を招待しサッカー教室を開催した。 |
| 2009.11 |
11月8日、等々力競技場でのJリーグ第31節川崎フロンターレ戦に敗れ、クラブ史上初めてのJ2降格が決定。 |
| 2010.1 |
2010新体制、新ユニフォームを発表。 |
| 2010.2 |
沖縄県石垣島、熊本県でキャンプを実施。 |
| 2010.2 |
富士電機HD、JR東日本(Suica)、君津住宅、千葉ステーションビルがユニフォームスポンサー(胸、背中、袖、パンツ)となる。 |
| 2010.5 |
マーク・ミリガンが南アフリカW杯を戦うオーストラリア代表に選出される。 |
| 2010.6 |
韓国遠征、千葉県館山でのキャンプを実施。 |
| 2010.7 |
浦安スクールを閉校。 |
| 2010.8 |
なでしこオールスター2010に船田麻友、阿部麻美、安田有希、清水由香が出場 |
| 2010.9 |
国体に千葉県代表としてリザーブズ、レディース、U-18の選手が出場。女子が優勝、男子は3位となった。 |
| 2010.10 |
United Parkが1周年を迎え、「1周年祭」を実施。 |
| 2010.11 |
トップチームがザスパ草津に敗れ、J1復帰を逃す。 |
| 2010.12 |
レディースが全日本女子サッカー選手権大会で準々決勝進出を果たす。 |
| 2011.1 |
ドワイト・ローデヴェーヘス氏(オランダ)が新監督に就任。新体制発表会をサポーターを招待して行う。 |
| 2011.1 |
新ユニフォームを発表。 |
| 2011.1 |
WIN BY ALL!をクラブフィロソフィとする。 |
| 2011.3 |
東日本大震災の発生により、Jリーグが中断される。 |
| 2011.3 |
東日本大震災支援活動を展開(千葉県旭市に支援物資を寄附、千葉駅該当にて募金活動、サッカー教室に被災した小学生を招待等)。これ以降年間を通し、募金活動、復興支援活動を行った。 |
| 2011.4 |
水戸ホーリーホックとの練習試合でチャリティ抽選会を実施。 |
| 2011.4 |
Jリーグ再開となった第8節のFC東京戦に旭市民を招待し、復興支援マッチとして開催した。 |
| 2011.6 |
11日にクラブ創設20周年を迎え、翌日に開催された第16節岐阜戦を「JEF UNITED 20th Anniversaryマッチ」として開催。常田真太郎(スキマスイッチ)さん率いる「FC SWERVES」とエキシビジョンマッチを行うなど、さまざまなイベントを実施した。また、OB選手やスタッフを招待した。 |
| 2011.7 |
FIFA女子ワールドカップがドイツで開催され、なでしこジャパンが優勝。ジェフレディースからは丸山桂里奈が出場し、準々決勝のドイツ戦で決勝点を奪った。 |
| 2011.9 |
新マスコットキャラクター「みなちゃん」誕生。 |
| 2011.9 |
世界一となったなでしこジャパンの選手が終結した、なでしこリーグ ジェフレディース-INAC神戸戦に9000人を超える観衆が詰めかけ、ジェフレディース史上最高入場者数を記録。 |
| 2011.10 |
ユナイテッドパーク2周年祭として「ユナパ祭り2011」を実施。 |
| 2011.10 |
ドワイト監督との契約を解除し、神戸清雄テクニカルダイレクターが監督に就任。 |
| 2011.12 |
J2を6位で終え、J1復帰を逃す。 |
| 2011.12 |
JFLに参戦するジェフリザーブズの活動が終了となる。 |
| 2011.12 |
NASPA・JEFサッカースクールを閉校。 |
| 2012.1 |
木山隆之監督が就任。450人のファン・サポーターを招待して新体制発表&サポーターコミュニケーションを開催。 |
| 2012.1 |
2012シーズンスローガンを「DAKKAN奪還×脱甘」とする。 |